色濃い緑と鄙びた鉄路が生み出すノスタルジー!長野県に残された隠れた“絶景鉄道”スポット「赤沢森林鉄道」の魅力を語りたい
絶景鉄道──。なんと素晴らしい響きでしょう。ただの「絶景」でなければただの「鉄道」でもなく、ふたつ揃ってはじめて成り立つ「絶景鉄道」。想像してみてください。思わず見惚れてしまうような美しい風景の中に鉄路が伸び、人々を乗せて、それぞれの想いを乗せて列車が過ぎ去って行く光景を。
ひと言で「絶景」といってもその定義はとても広く、紺碧の海や見渡す限りの大平原、雄大な山並みなどがイメージしやすいと思います。鉄道が走っているとなればその範囲はある程度限られてきて、たとえば四季折々の風景が映える只見川の橋梁、瀬戸内海をまたぐ瀬戸大橋、断崖絶壁を走る花咲線(JR根室本線)などが絶景鉄道界隈では有名なところ。
いずれにしても“広大な景色”を思い浮かべがちですが、もっとスケールの小さな絶景鉄道も存在します。それが「森林鉄道」です。
そもそも「森林鉄道ってなに?」という話で、2024年・令和の現代社会においてほとんど知られていないのも無理はありません。「昨日電車で街に出た」ということはあっても、「山奥で森林鉄道に乗った」なんて言わないですからね。
森林鉄道とはその名のとおり森の中に敷かれた鉄道路線のことで、林業が盛んだった時代は日本全国の山中で伐採した木材を運ぶ列車が走っていました。林野庁公式サイト「森林鉄道」の項に詳しく掲載されていますが、かつて全国の国有林森林鉄道は総延長8,000km以上に及んだそう。
とはいえ、時代は移ろいゆくもの。木材の輸送手段がトラックに取って代わり、森林鉄道は一気に廃線の道をたどってしまいました。現在も運行している森林鉄道は、屋久島・安房森林鉄道と京都大学芦生演習林の森林軌道のわずか2カ所のみ……。
なんとも寂しい状況ですが、じつは長野県で観光客を乗せて運行している路線が残されていることをご存知でしょうか。それが、今回ご紹介したい「赤沢森林鉄道」。日本三大美林のひとつである長野県木曽郡上松町の「赤沢自然休養林」内にあり、往復2.2kmをゴトゴトのんびり走っています。
私、綾森邦雄は愛知県出身ということもあって、家族旅行で長野県の木曽に向かうことが多々ありました。その中で赤沢森林鉄道にも乗る機会があり、鉄道少年だった(いまも、かもしれません)私は普段見慣れない森林鉄道にすっかり魅了されることに。車の免許を取得してからは、一人旅でふらっとドライブがてら訪れているくらいです。
赤沢森林鉄道は通年営業ではなく、たとえば2024年は4月27日~11月7日までの運行スケジュール(運休日もあり)。乗車の際は園内窓口で切符の代わりにイベント参加券を購入しますが、これが焼き印を入れた木製パスということでほのかに木の香りもふわり。
実際に乗車してみると、さすが“森林”鉄道だけあって手を伸ばせば届きそうな距離で木立の中を走ります。軌道の幅はJRの線路より狭いナローゲージ(762mm)で、小刻みに揺れながら走る姿がまあかわいいこと。都会の無骨な通勤電車に乗り慣れていると、1度乗っただけで愛着が沸くのではないでしょうか。
車窓はどこを切り取っても美しく、木立を縫うようにして伸びる古めかしい鉄路からはノスタルジーも感じます。森の中だけでなく渓流沿いも走るので、どれだけマイナスイオンを浴びているのかもはや想像もつきません。
赤沢森林鉄道はもともと木曽森林鉄道として木材を運搬していた路線で、観光資源化されてからは森林鉄道記念館前改札と丸山渡停車場間を往復。記念館内には静態保存された車両や貴重な資料・パネルが展示されているので、私は乗車までに時間がある時に立ち寄って、留置線の車両も含めてパシャパシャと写真を撮りまくっています。いかんせん撮りテツでもあるので、どれだけ居ても飽きないんですよね。
さて、赤沢自然休養林は「森林浴発祥の地」でもあります。つまりそれだけ心身に良い場所ということで、園内には散策路も整備されています。そこでおすすめしたいのが、往路は鉄道を使い、復路は散策路を選択するルート。
丸山渡停車場に到着した車両はそのまま記念館前に向けて再び走り始めますが、牽引機の入れ替えをおこなっている最中はホームに降りてOK。ホームは散策路につながっているので、そのまま下車して歩き始める人が多いのです。鉄路で片道1.1kmの距離しかなく、散策路の最短ルート(ふれあいの道)で記念館前に戻るならほぼお散歩感覚。鉄路よりさらに渓流に近い位置に木道が設置されているので、マイナスイオンを思う存分浴びれますよ。
ふれあいの道は鉄路と渓流にほぼ並走するルートを取っていますが、ちょっと遠回りしながら戻りたい時におすすめなのが冷沢コース。いくつか設置されている散策ルートの中で、最もヒノキ群の見ごたえがあるコースです…… と書きつつ、テツとして真のおすすめポイントはふれあいの道から枝分かれした直後。丸山渡停車場から分岐した廃線とルートが重なっていて、途中まで車両が走ることのない朽ちた線路上を歩くことになります。そう、気分はまさに『スタンド・バイ・ミー』!(機関車が迫ってくることはないのでご安心を)
廃線と冷沢の木曽ヒノキを堪能したら、途中でふれあいの道と合流できる駒鳥コースへ。そう、ここからなんですよ撮りテツが本領を発揮するのは。乗りこんだ車両の窓から見る景色とふれあいの道から見る景色は、まったくの別物といっても過言ではありません。森林鉄道を“含めた”情景は乗車していると見れないですからね。
車両込みで撮るもよし。
鉄路のみを撮るもよし(この鄙びた感じが好きです)。
木立・車両・渓流をワンショットの構図に収められるのも森林鉄道ならではの魅力。
撮影した時期は夏でしたが、視界を覆う緑が秋の紅葉シーズンに赤く色づく様子は圧巻。その光景もまた、「絶景」なのです。もちろん森林鉄道に限らず一般の旅客路線でも深い森の中を走ります。それでも「森林鉄道」からしか摂取できない栄養分があるというか、美しい自然だけでなく“時代に取り残された情景”というのも赤沢森林鉄道の大きな魅力ではないでしょうか。
かつて日本の山間部に網の目のように張り巡らされ、時代の変遷とともに姿を消してしまった森林鉄道。隆盛を極めた林業も、木材価格の下落によって厳しい状況に置かれています。そんな日本の産業史を振り返る上でも、現存する「赤沢森林鉄道」はとても貴重な資料。絶景を堪能しつつ、その車両に座っているだけで、その場所に立っているだけで自分が“歴史の一部”になったような感覚を、ぜひ味わってみてください。